五十七串目:同級生と再会!ほか
ボクの小中学校の同級生が6年前にくも膜下出血で倒れました。
彼とは仕事で東京に住んでいましたが、倒れるまで月イチペースでお店に来てくれる大事な仲間でした。
突然の知らせを聞き、駆けつけた時には身体じゅうチューブが入り意識があるかないか分からない状態で言葉になりませんでしたが、現在は本人の努力と病院の力で奇跡的に回復してきました。
入院先が東京なのでいつも見舞いに行くことはできないけれど、行く度に回復しているのが判るようになり、見舞いに行くのが楽しくなります。
彼にもっと喜んでもらいたくて、ボクらの同級生の提案で「(病院は身体のリハビリをしてくれるけど)ボクらで頭(脳)のリハビリはできないか?という想いから小学校の時に遊んだ場所の写真を見せて「ここ覚えてる?」って会話ができる。そんなお見舞いを計画しました。
彼の家の周りや小学校の様子とか自転車で大浜に行った時の様子etc...
彼との思い出の場所はたくさんあったのでその写真をアルバムに残して持って行きました。(下の写真は”伝馬の良い子ツアー”)
そしたら・・・
倒れた時の記憶はないけれど小学校の時の記憶は確かで、すごく喜んでくれました。
嬉しそうな笑顔を見ることが出来、お見舞いに行った甲斐がありました。
またお見舞いに行くのが楽しみです。
伝馬町小学校の校歌には「伝馬の良い子」というフレーズが入るのでこの時の写真撮影会は「伝馬の良い子ツアー」と名付けています。
※伝馬小学校を卒業しても校歌に歌われた伝馬の良い子は良い大人になりました!
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◇テレビ出演後の反響
テレビに出てから、常連のお客様はもちろんあちこちで反響がありました。
いつも行く「大村バー」に行くと親方から「おっ、テレビ見たぞ!」と声がかかり照れくさくなってイスに座り生ビールを頼むと生ビールを運んできたオバチャンが「見たわよ」と声かけてくれました。
大村バーの焼き鳥のタレが好きなので注文したいけれど親方以外はボクが串焼き屋のオヤジとは知らない、大村バーのスタッフ全員がTVでそれがバレてしまい(決して隠していたわけではないんですけど・・・)ボク的には頼みにくかったので一緒にいた友達にオーダーしてもらいました。
ちょっと有名人になって窮屈になった話でした(笑)
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◇思い出を共有!?
来店してくれたお客様に「ボク、洋食出身なんです!」って話をよくします。
先日来店してくれた女性二人にグラタンの紹介をしながらその話をすると片方のお客様から「私、駅南のジローでアルバイトしてました」と衝撃発言!
※ジローはボクがバイトしていたお店です。
働いていた期間はちょとだけズレますが、ジロー談義で盛り上がりました。
思い出したのは当時駅南に飲食店がほとんどない時代で地震などがあると新幹線が停まり、乗車客がいっせいに駅からジローへワァ~っと流れ込み満席になることが良くありました。休憩していてもすぐに厨房に戻されたものです。
40年前のあの時の思い出を共有できるなんて考えもしなかったのでしたから、とても嬉しくなった晩でした。