六十六串目:「そこ知り」1位ともう一つの嬉しい出来事

皆さんありがとうございました!

SBS放送の「そこ知り」で行われた"キングオブ 静岡OH!肉 焼き鳥・ハンバーグ部門 中部地区" 第一位を受賞しました。
たくさんの投票ありがとうございました。

PCが苦手なのでPCは普段見ないわけですが、ある日突然 アットエス事務局から「お肉選手権をするのでエントリーしてくれませんか?」という連絡がありOKを出しそれから2か月ほどしたある日、SBSから「取材に言っていいですか?」と聞かれたので「喜んで!」と言ったものの何の取材か知らされずに待っていたら内山君が賞状を持って現れました。
あれよあれよと言う間に天狗になっています(笑)
ディレクターさん曰く「1人1票しか持っていない票をかさいさんの為に使うっていうことはお客様に愛されているんですね」と言われました。本当にありがたく感じました。
これからも美味しいものを作っていかねば!と思いました。
今回は1つずつメニューの紹介ではなくお店の紹介だったのであまりボクの出番は少なく滑らかなトークを期待した方にはゴメンナサイです。(^^;)
当日のVTRはいつでも見られますので声を掛けてください。

この受賞の裏にはもう一つ嬉しい出来事がありました。
それは・・・

この収録が終わったところで制作スタッフから「親方は出身どこ?」と聞かれたので「日吉町なんですよ」と答えたら「ボクの友達で日吉町で酒屋をやっている人がいるよ」と言うので「もしかして松本酒店?ボクにはエッちゃんていう先輩に小学校の時に毎日遊んでもらったんです。」(エッちゃんと言うのは松本酒店の息子さん)と伝えたらビックリしていました。
制作スタッフが「今度松本さんを連れてきますね」といってくれた約束がこの間実現しました。
再会の時にこの写真を見せたら喜ぶだろうなぁ~と思って探しておきました。案の定 見せた瞬間「町内で三保に行った時の写真だね」と喜んでくれました。
写真はボクが小学校1年生の頃のものです。
1年生の頃は背が高く一緒にいる2人と同級生に見えますけど先輩です。
左のエッちゃんが2つ上、真ん中がボクで、右側のミッちゃんが3つ上です。
2人は毎日遊んでくれました。

松本酒店は今も昔と変わらず昔のスタイルで立ち飲みをしているそうです。
日吉町には小学校6年生までいましたが、引越して以来会っていなかった大事な2人に45年ぶりで再会できました。

懐かしい子供の頃の話・・・
ウチの両親は日吉町の駅前で屋台をやっていました。
お酒は松本酒店で仕入れてその隣で練炭を買い、その隣の大和タクシーでバケツに水を汲んで・・・と言う両親の仕事を毎日手伝っていました。
日吉町の裏通りは子どもたちの遊び場でした。通りに出れば誰かが必ずいました。
近くのお兄ちゃんたちは野球を教えてくれるし鬼ごっこもしました。
道路にあるマンホールは暗黙の了解でホームベースです(^^)
鬼ごっこをしても小さかったので捕まっても鬼にならないのを"アメンボ"と呼んでいました。
アメンボを早く脱したくて毎日一生懸命走ったので小学校1年2年の時はダントツで足が速かったものです。 ※早く走りすぎて熱を出したこともありました(^^;)

酒屋の倉庫はだだっ広くて夏でも風が通って涼しく過ごしました。
エアコンがない時代 夏の涼しさは酒屋の倉庫でした。

ミッちゃんは運動神経が悪くて(←ごめんね)毎年夏に行う町内別のソフトボール大会がありました。
ボクは小学校一年生からレギュラー(と言っても、ライトで8番ですけどね)
第一試合で1回を終えてベンチに戻ると寂しそうに座っているミッちゃんがいたので「ミッちゃん行けよ」と言って2回から守備に送り出しました。そんなことを知らない監督は監督の横でちょこんと座っているボクを見てひどく驚いていました。1度ベンチに下がると試合に出られないことをこの時知りました(笑)

みんなで学校の池に釣りをしに行きました。
大きな鯉を釣り上げるには丈夫な糸を用意して釣り上げたら鯉の口だけが針についてきました。これはマズい!と言って逃げ出しました。
近所の米屋の軒先にはスズメが飛んできました。そのスズメを空気銃で撃ったこともあります。
ある日、柚木の山に行こうと歩き出しましたが、たぶんボクが遅れて愚図ったんでしょう。そしたら電車で行こう!と言うことになりましたが誰も金を持っていません。仕方ないので周りにある瓶を拾い集めて電車賃にして電車に乗ったこともあります。

「そこ知り」で一位とれたのはすごくうれしいですけど、もっと嬉しい出会いが2人との出会いです。
遠い子供の頃の思い出を「そこ知り」は運んでくれました。